自らの意志に沿うことが何よりも大切な理由

人間の行動は4つのパターンしかないと考えている。 まず、動機として自分の意志に沿っていたか否かの2パターン。自分の意志に沿っていないというのは、自分の意志を持っていなかった、或いは他人の意見に従ったというケースなど。 次に、結果としてうまくいったか否かの2パターン。 この2種類の動機×2種類の結果の4パターンに大別される。それぞれのパターンでどんな成果が得られるのか見てみよう。 自分の意志 → うまくいった 最も理想的なパターンで、達成感や自信など多くの成果を得ることができ、成功体験として次の行動の強い動機になる。 自分の意志 → うまくいかなかった 多少苦い経験ではあるが、成功に向けた次の行動時に参考となる情報を得ることができる。よって、失敗とは認識されないケースも多い。 非自分の意志 → うまくいった 結果自体には満足するものの、大きな達成感や自信を得ることはできず、次の行動の動機にはなりずらい。 非自分の意志 → うまくいかなかった 最も望ましくないパターンで、大きな後悔が残り、その後も他責になりがちなケースが多い。 ここから見えてくるのは、うまくいったか否かが得られる成果に与える影響はあまり大きくなく、自らの意志に沿ったか否かが大きな分かれ目であるということ。 つまり、自らの意志に沿うことを続けていれば、もちろんうまくいかないことはあるものの、経験と自信を積み重ね、上昇スパイラルに乗ることができる。 残念ながら従来の日本の教育システムでは、他人、特に親や教師の意見が尊重され、自らの意志に沿って行動することを恐れる人が多く生み出されている。進学先や就職先を自分で選ぶことのできない若者はその典型だ。 幼少期から、自分の意志(心が本能的に反応する方向)を感じ取って行動することを習慣化し、大人は自らの意見を押しつけずにサポートする。さらに、その延長線上で社会に飛び立つ若者が増えると社会全体が活性化されるのは確実。 では、いつやるのか? 以下省略

仕事が速い人と遅い人の違い

仕事が速い人の進捗パターン 仕事が遅い人の進捗パターン 学校のテストに喩えるなら、問題を初めから順番に解こうとする人と、できるところから解く人の違いに似ている。真面目で几帳面な人ほど順番を重視して、「きれいに」解くことにこだわる傾向がある。 しかし、現実社会では自分の記憶や経験だけで解ける問題はほとんどなく、他人の協力や外部リソースなどいつでも手に入るとは限らない条件や、むしろ満たされることの方が希な条件「運」が関わってくる。 そのような限定的な条件が満たされることは「チャンス」と言える。チャンスは往々にして瞬間的なものであり、そのタイミングを逃すと再び条件が満たされない状態に戻る。いくら頑張っても仕事が終わることはない。 チャンスが訪れた時には、今解いている問題の手を止めてでも、そのチャンス無くして解くことのできない問題に取りかかるべきで、その最中にも別の問題を解くためのチャンスを意識しておかなくてはならない。 このパターンは1つの仕事だけでなく、個人のビジョンを実現する際も同じで、その時にしか得られない経験やチャレンジ(チャンス)を掴めるかどうかで実現度は大きく変わる。 つまり、足下だけを見ているとチャンスに気付くことさえできず、仕事だけでなく自己実現さえも滞ってしまう。几帳面さはほどほどに、幅広く見渡してつまみ食いするくらいの遊びがあった方が、良い結果に結びつくことが多いかもしれない。

チャンス探しは執着のかくれんぼ

チャンスとは、ごく一部の人にもたらさる有益な事象のこと。 逆の言い方をすれば、ほとんどの人は到達することができないからこそチャンスなのである。 かくれんぼに喩えるなら、 普段使われていない部屋の、押し入れの中の、屋根裏に隠れている子(チャンス)を探すチャレンジにおいて、 ほとんどの鬼は、部屋の扉を開けて見渡すだけで「いない(チャレンジ失敗)」と決めつけ、諦めてしまう。 一部の鬼は押し入れを開けてみるが、やはり諦めてしまう。 尋常じゃない執着を持ったごく一部の鬼だけが、部屋の扉を開けた時点で何らかの気配を感じ、押し入れを開け、屋根裏を開け、子を見つけることができる。 このような構図になっているのではないだろうか? ビジネスにおいても、新しい事業やサービスを立ち上げる時に、うまく行かなかったり、想定外のことが起きるとそこで諦めてしまう。本来1回のチャレンジでうまく立ち上がることなどあり得ず、その先にチャンスがあるのにも関わらず。 もちろんチャレンジの先に成功があるとも限らないので引き際は重要だが、チャンスの気配を感じる嗅覚と人一倍の執着はチャンスをモノにするために欠かせない要素だと考えている。